今月も花園誌で「心揺さぶる!禅の名場面」描かせていただいております。
今月のテーマは「仏像の光背を貧者に供養する」です。
仏に供養されたものを流用していいの?
今回のお話
ここ数日間炊く米もなく家族が飢え死にしそうなので助けてくれというのです。
そうはいっても寺にも食べ物があるわけではありません。
困った栄西は考えたあげく、薬師如来像の光背の材料にとっておいた延べ銅を、これを売って食べ物を買いなさいと男に渡しました。
喜んで帰っていく男。
しかしそれを見ていた弟子が禅師にいいます。
「あの延べ銅は薬師如来像の光背の材料にするためのもの。それを人にあげてしまったということは、つまり仏に供養されたものを他に流用したということです。これは大罪にあたるのでは?」
禅師が答えます。
「いかにもその通りじゃ。だがたとえわしがこの罪で地獄に堕ちようとも飢えた人々は救わねばならぬ」
ハッとする弟子。
禅師は続けます。
「仏さまなら体の肉や手足を裂き与えてでも飢えた衆生をお救いになるであろう。だから仏像そのものを与えても仏の御心にかなうはずじゃ」
一見普通の常識では考えられない行為ですが、これは栄西禅師の第慈悲心からの行いなのです。
さくら念珠というものがあるんですね。
桜餅もおいしそうです。
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